2006年12月28日

戦国TTI計画 最終決戦編! 激突! 風林火山VS風林火山

高い山の麓に、一頭の虎がいた。
虎は海の方にいる龍が大嫌いであった。
なぜなら、竜虎相打つというが、アレは最終的に龍が勝利を収めるのだ。
それが気に食わなかった山の虎は、何度も何度も戦いを挑み、運命を捻じ曲げた。
そう、山の虎は龍に勝利したのである。
虎は思った。俺は運命に勝ったのだと。
そして虎はこの世に怖いものは何もないと思い、山を、海を蹂躙して行った。

山の反対側に、一匹の猫がいた。
猫は運命とかそういうことはどうでもよかった。
だから、虎は猫のことが大嫌いだったし、見下していた。

しかし、虎は知らなかったのである。
猫こそが虎の、獅子の、豹の元であることを。
虎は虎でしかないが、猫は、猫以外のものになれるということを。
猫は魔性の力を持っていることを。

猫が猿を手なずけ、裏切りタヌキを倒し、魔王を倒して大魔王になり、
あまたの鬼たちを屈服させていたことも、虎は知らなかったのである。

気が付いた時、虎は自分の周りが全て猫によって囲まれていた。
そもそも猫は、御伽草子によれば大陸の虎が小さい日本に適応した姿と言われている。
だから、猫こそが日本にはふさわしいのだ…。

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2006年12月27日

戦国TTI計画 最終決戦直前編 大名配置の章

いよいよ、武田の城も厩橋が残るだけとなりました。

さて、太閤立志伝においてはCPUに任せておくと
何もしてくれません。
よって、『プレイヤー武将の城に全員集めて、命令を直接出す』という
とっても異常な光景になってしまうわけです。

しかし天下統一も近い今、そういうことを続けておくのはどうかということで
大名の再配置を行うことにしました。

最終決戦前にアイテムを整理するようなものですね。

ではココで、戦国TTIではどのように大名を配置したのかというと…


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2006年12月24日

戦国TTI計画 内藤を沈め伊達を浮かばせよ編

さて。再配置もそれなりに進んでいるのですが
そうすると悩むのが最終決戦の時に誰を連れて行くかです。

というのも優秀な家臣の大半は家老、すなわち城主候補なので
最終決戦の時には自分の城に待機させておかないと面白くありません。
別に統一してから配置したことにしてもいいんですけど、
やはり今の「殆ど全員駿府城にいる」というのはいびつなので
各地に適度に散らばしたりすべきだと思います。

まぁ、藤堂と一宮(孫子の秘奥義で特殊士官)は確定として
あとは誰にしましょう。
宮部継潤とかなかなかいい性能なんですが、彼も家老。
城主にすべきかどうか悩む今日この頃。

あと、先日悩んでいた九州の大名不足は
里見とか佐竹を配置することでどうにか解消します。
ここら辺も初期に武田か北条に倒されて大名が死んでるのですが
遺臣がいい具合に勲功を稼いでますので城主になれるからです。

それでも足りなかったら、脳内補完です。
ゲームに登場してない今川家臣は山ほどいます。

堀越、松井、新野、浜名、奥山、孕石、久野、匂坂、天方、原川、
武藤、大沢、蒲原、富士、庵原、由比、安藤、荻、興津、長谷川、安倍、小長谷。

こんなにいます。
直轄の城のうちいくつかは、彼らに与えたことにしてもよいでしょう。

蒲原や由比などの静岡の地名武将や、神社の宮司である富士は動かせないと思いますが
他の人は何とかなると思います。
あれ、でもそうすると岡部も岡部町ってあるんだよな。
どうしよう。

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2006年12月23日

戦国TTI計画 激突! 二人の弾正編

ゲーム攻略とは大して関係ないんですが、
現在大名の再配置を行ってます。
畠山家とか宗家はまぁいいのですが、他のところとなると、これがまた難しい。
というのも戦国TTIでは1572年ですので、史実で勝負が決まった時の大名が
殆どいないという始末。

さらに言うと、ゲームには登場しませんが氏真公の子供も長男範以しか
生まれていません。
あとの子供達の誕生年は、
長女奈保が1573年、次男高久が1576年、三男伝十郎が1579年、四男澄存が1581年。
うーむ、これじゃ御三家作れないじゃないか。
場所は江戸、名古屋、紀伊と決めたというのに。

あと、頭を悩ませているのが九州の大名と信長秀吉家康の配置。
何せ九州は他の地域と違い、島津によって大名が殆ど滅ぼされてしまったので
城主になれるほど勲功のたまっている九州出身のキャラが全然いないのです。
一応、竜造寺とかがいますけど、彼らの階級は部将なので城主に任命できません。

信長秀吉家康はまぁ、言うまでもないでしょう。
秀吉は戦国TTIでは浪人の身からそのまま今川にスカウトされたわけですが
何せ太閤の町、大坂は石山本願寺が健在。ついでに言うと本願寺のキャラも健在。
大活躍の彼を、どこに配置してよいのやら。
そして義元をぶっ殺した信長と、裏切り者の家康は
ドコに配置すべきなのか。

攻略と関係ないところで頭を悩ませています。

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2006年12月22日

戦国TTI計画 仙台制圧編

さて、今川による東北制圧事業も残すところ、
須賀川と仙台を残すだけとなりました。

仙台といえば独眼竜政宗ですが
このゲームでは伊達が滅ぼされ、政宗が出てこないので
影も形もありません。
代わりに仙台を支配しているのは武田義信。
武田信玄の長男でありながら父に疎まれ
史実では切腹に追い込まれた人です。

そして義信にとって、氏真公はにーにーに当たります。
なぜかといえば義信の妻は氏真の妹だからです。
史実では「今川がピンチ! 今こそ駿河を手中に!」とした信玄に対し
「いや、それは道理としてどうか」と、にーにーに義理を立てたせいで疎まれ
切腹させられたわけです。
多分戦国TTIでも東北に一人寂しくいるのは、じきに切腹させられる予兆でしょう。

殺される前に義弟を救うのもにーにーの務めです。
さあ、義弟救出作戦始動です!

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2006年12月21日

戦国TTI計画 仙台まで何マイル?編

やっと葛西などが降伏してきた時の今川領土と、
今川が開拓してきた領土が繋がった。

しかし武田軍、東北を支配しているのが武田義信なんだよね。
武田の嫡男なのに、信玄の下じゃなくて東北にいるのは
やっぱり左遷なんでしょうか。

というわけで地味に直轄を削っています。
仙台まであと少し。
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2006年12月20日

戦国TTI計画 暇潰し編 息抜きの話

さて。現在戦国TTI計画では、旧伊達領土にある武田領土を
全部奪い取るつもりで破壊工作中なので
特に書くことがありません。

そこで今回は、以前藤林長門守の記事を書いたとき
思い出した人がいたので、その人のことについて
書こうと思います。


小長谷政房(こながや まさふさ)
駿河国の本川根に拠点(小長谷城)を持ち、小長谷長門守を名乗っていた人。
小長谷氏は土岐氏の一族らしい。
郷土の資料によれば、今川家が武田の襲撃によって駿河を失った時
一時的に土岐の山家(当時、本川根一帯をこう呼んでいたらしい)に
身を寄せたという記述があるそうな。
今川が戦国大名としては完全に滅亡してからは武田に仕え、
この時に城の大改造が行われ重ね馬出しなどが現存している。
武田滅亡に伴い小長谷城は政房の手によって廃城となり、
小長谷氏も富士川以東に散り、帰農したらしい。
なお、徳川旗本には吉良の一族から分かれた小長谷氏が存在するが
この小長谷氏と政房との関連は不明である。

さて小長谷城ですが、現在跡地には徳山神社とP&Gの研究センターが建っています。
特徴的な重ね馬出しは現存していますが、空堀などは道路建設などで
壊されてしまっています。
小長谷城のあるあたりは小長井と呼ばれています。
これは小長谷がなまったものと考えられています。

さて。信長の野望にも太閤立志伝にも一度も登場した事がなく
あまつさえ『静岡県の城』という本(宅地開発で潰された城まで載っている)
でも無視された人について何故私がこんなに詳しいのかというと…。
特に深い意味はありません。
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2006年12月14日

戦国TTI計画 暇潰し編 氏真の敵とは?の巻

氏真公にも敵と言うのはいます。
信長(義元を桶狭間で倒した)
信玄(三国同盟を破って駿河に攻めてきた)
家康(離反し、今川を滅亡させた)
の三人は鉄板ですし、今川を見限って武田や徳川につこうとした部下も
かなり多く見受けられます。

他に氏真公の敵と言うと難しいのですが、
恐らく彼を恨んでいるであろう人物として、徳川四天王の一人、井伊直政が挙げられます。

彼の祖父は讒言によって義元に殺されており、
父親は氏真によって謀反の疑いを持たれ、朝比奈泰朝に居城を攻められ斬首され、
おかげで彼は不遇な少年時代を送らざるを得ませんでした。
いわば今川親子によって人生狂わされた武将と言えます。
こう考えると、家康が彼を寵愛したのも只単純に美少年と言うだけではなく、
自分が裏切った今川へのあてつけという部分があったのかもしれません。


さて、今川氏真と因縁のある人物としてもう一人います。
その名は浅野長政。秀吉の義理の弟にあたる人物です。

氏真公と浅野長政に何の接点があるんだ、という疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、
実は互いに互いの家を潰しあうほどの物凄い因縁を抱えているのです。

とは言え、それは今川氏真と浅野長政の当人同士ではなく、彼らの玄孫同士なのですが…。


まず浅野から説明。
浅野長政の三男である浅野長重の息子、浅野長直は赤穂藩の浅野家初代藩主です。

そして今川。
氏真公の子供は男女合わせて五人おりますが、その中の一人娘が嫁いだ先は、
徳川の旗本、吉良義定。今川や品川と同様、江戸時代には高家のひとつとして数えられ、
その中でも高家の筆頭、高家肝煎を任じられた家です。

ここで日本人なら殆どの人が知っている人物に行き当たります。 
浅野長政の玄孫は浅野長矩。一般には浅野内匠頭として知られる人です。
氏真公の玄孫は吉良義央。通称吉良上野介。
もっとも氏真公の娘婿、吉良義定も吉良上野介ですが。

つまり元禄赤穂事件(忠臣蔵)は、
今川氏真の玄孫と浅野長政の玄孫による争いなのです。

こうしてみると、今川の家系はつくづく不遇なんだなあという気がします。
義元は戦国を代表するかませ犬扱いですし、
氏真は世間一般では蹴鞠にうつつを抜かし国を滅ぼした暗君扱い、
そして子孫の一人である吉良義央も、一般には極悪非道扱いを受けているわけです。
どこまで報われない家系なんでしょう、今川家は。

ちなみに、浅野内匠頭も吉良上野介も、名君としての側面がある一方で
癇癪持ちで女好き、感情のコントロールが出来ないという手のつけられない暴れん坊で、
切腹した時、領民は赤飯を炊いて祝った(浅野)
地元には多大な利益をもたらした堤防は隣の地域に大損害を与え、
妻の実家である上杉家にメチャクチャたかっていた浪費依存症(吉良)
という話も伝わっており、一概にドッチか一方だけ悪いとは言い切れないのですが、
世間一般じゃ浅野は悲劇の殿様、吉良は極悪非道の強欲ジジイという評価です。

最近では忠臣蔵と言うのは吉良に失礼なので元禄赤穂事件と呼ぶようになったり、
吉良を擁護するような文学作品も少なからず存在しますが…。
やはり大半の人は浅野=善 吉良=悪とするでしょう。


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2006年12月13日

戦国TTI計画 武田殲滅編 越後制圧の章

信長の野望に一回しか出てこない武将を紹介しているサイトがあって
なかなか面白かったので
私も一人紹介してみようと思う。

藤林長門守
伊賀三大上忍の一人なのだが、登場しているのが覇王伝だけというマイナー忍者。
というのも覇王伝から「本名がわかっている人優先、官位だけしか伝わってない人は削除」
というルールになったので、長門守の彼は登場できないからなのだが。
覇王伝では堡という名で登場しているが、やっぱりワケがわからなかったらしく
それ以降の作品では出てこない。

業績もよくわかっておらず、戒名が似ていることから百地三太夫の別名では?
と言う説があるほどマイナーである。
もっとも、「忍者は名前が知られているヤツは二流で、一流は名前も業績も伝わらないのだ」
という話があるのだから、彼が最強の忍者だったのかもしれない。

彼自身については前述の通りよくわかってないが、
彼の子孫である藤林保武が、忍術の奥義書と呼ばれる『万川集海』を
一族と見られる正武が『正忍記』を記しており、
これが後世の忍者研究に大いに役立っている。

フィクションで藤林の名字を持つ忍者は、服部や百地に比べると少ない。
私の知っている限りでは
かげろうお銀(水戸黄門)
藤林すず(テイルズオブファンタジア)
藤林しいな(テイルズオブシンフォニア)
くらいである。
少ない人数ながら、強烈なインパクトを残していると思う。

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2006年12月12日

戦国TTI計画 暇潰し編 『天下を汝に』感想

赤木駿介の書いた『天下を汝に』を再読しました。
今川氏真公が主人公の唯一と言っていい
長編小説です。

この小説は、氏真公が大名でなくなった後からスタートします。
正確に言うと、信長の前で蹴鞠をするあたりからですね。

そのあと長篠に従軍したり、徳川の城を一つ任されたりしながら
結局駿河の旧領回復はできず、京都でのんびりと
公家さんたちと過ごす、そういう話です。

ただこの公家さんたちの集まりが相当なもので、
要するに公家さんにとって武士は平安時代同様
価値の低いものなんですよね。
その中に武家出身の氏真公がいて
しかもかなり上の方の立場にいるというのが
なかなか面白いわけです。

作中では、本能寺は天皇を押しのけ天帝になろうとした信長排除のため
公家集団が光秀に促したものになっています。
ついでに言うと秀吉も調子に乗って天皇を廃位しようとしたりしたので
政権を追われたような感じになってたりします。
まぁこの辺は許容範囲だと思います。
ほのぼのした話ばかり書いていると思いがちな三丁目の夕日だって
結構SFっぽい話がありますものね。

つまり、現人神である天皇の権威を貶めるものに対し
容赦なく公家集団が裏で色々やっていて、
最終的に残ったのが家康だったわけですね。

でも家康も日光東照宮とかで神になろうとしてなかったっけ?
まぁ氏真公の方が先に死んでるんだから
そこまで関与はできないですから言いがかりに近いのかもしれませんが。

ちなみに氏真公が剣の腕を披露する場面もあります。
北条攻めの時、秀吉の刺客が氏真公一家を襲撃するのですが
氏真公がえいやっと倒してます。

氏真公は剣聖塚原の六番目の弟子と言うのは本当なんでしょうか?

まぁ色々ありますが、中々面白い小説であることは間違いないです。
図書館などにありましたら、ぜひ一度読んでみてください。
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2006年12月10日

戦国TTI計画 武田殲滅編 信濃制圧の章

信濃は広い。
あまりに広いのでマトモな人には治めることができない地域です。

歴史上、有名な信濃の支配者と言うと

サナダムシ(今昔物語より)
崖から落ちたらソコに平茸がいっぱい生えていたので、取れる限り取った人(今昔物語より)
ものぐさ太郎(御伽草子より)
なんとなくクリスタルの作者

などが挙げられます。まぁサナダムシは歓迎会でクルミの酒を飲まされ
死んでしまったので実際には支配してませんけど。

で、信濃は広いため、信長の野望などでは北信濃と南信濃に
分割されていることがあり、太閤立志伝5でもそうです。
こんな感じに律令制の国が分割されているところは他にもありまして
例えば近江、出羽、陸奥がそうだったりします。
近江は重要拠点ですので、下手に一つにしてしまうと
六角氏が伊賀に押し込められるという、昔の信長の野望みたいなことになるからです。
出羽と陸奥は律令時代の領域では広すぎるわけで
明治になってから羽前・羽後、岩代・磐城・陸前・陸中・陸奥に
分割されたのを使っています。

逆にくっついているところもありまして、
例えば太閤立志伝5、PS2版では
相模伊豆 周防長門 大和伊賀 河内和泉 伊勢志摩 因幡伯耆 阿波淡路
筑前対馬
などがくっついております。
この中で一番メジャーなのは伊勢志摩ですね。
志摩は伊勢から分割したのに伊勢の属国みたいなものだったようで
それなら伊勢のままでいいじゃん!

ちなみに削除されている国もありまして、太閤立志伝5では
佐渡 壱岐 隠岐が削除されてます。
早い話、離島でなおかつ有力大名もいないところですね。
佐渡と言うと花の慶次で前田慶次が大暴れしたのが印象に残っています。
壱岐と言うと元寇で被害を受けたことが有名で、
隠岐というと黒田長政のメイドを思い浮かべます(それ漫画だって)
地理的には存在し、伊豆大島と並んで薬草と砂鉄がメチャクチャ採取できる
ところです。

では信濃制圧をしてしまいましょう。

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2006年12月09日

戦国TTI計画 武田殲滅編 甲斐攻略の章

さあ、朝廷から武田の朝敵認定も受けたことなので、
さっさと潰してしまいましょう。続きを読む
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2006年12月07日

戦国TTI計画 武田殲滅編 宣戦布告の章

読んで字のごとく、今川が武田に宣戦布告。

史実では武田が徳川と組み、今川と結んでいた三国同盟を破って
駿河に攻め込んできたわけなので、ちょうど正反対なわけですね。

さて。太閤立志伝は自由度が高いがゆえに、
歴史的イベントが再現しにくいという短所を持ち合わせています。
例えば最初から選べる秀吉シナリオで本能寺の変を起こすのは困難ですし、
九鬼嘉隆シナリオで第二次木津川口の戦いを起こすのは、絶対不可能とされています。
これはイベント発動条件が「誰々が○○城にいること」などと細かく設定されているため
一つでもずれると発動しないことに由来します。

さて。実を言うと太閤立志伝では前述の『武田の裏切り』イベントも
ちゃんと発動するように出来ていたんです。
実際、私も戦国TTI開始時は、いつ武田と徳川が手を組むか
緊張しながらプレイしてましたからね。

しかし起きませんでした。
これは何故だろうと思い、攻略本を読み直してみました。

すると、徳川と武田が手を結び今川殲滅に向かうための最初のイベント
『武田義信自刃』は以下の条件で発動するとのことでした。

武田義信自刃の発動条件
1:武田信玄家、今川氏真家、北条氏康家、徳川家康家、上杉謙信家が存在する
2:善得寺同盟発生済み
3:上杉が武田、北条と同盟してない
4:武田が甲信地方を統一
5:武田義信、飯富虎昌、山県昌景が武田に所属

これらの条件が必要なわけです。
このイベントが発生したあと、大井川同盟というイベントで武田は今川を裏切るのです。

しかしこのイベントは発動しませんでした。
考えられる要素はひとつ。戦国TTIでは既に滅びている上杉の存在です。
発動条件3の『武田が甲信統一』を上杉が邪魔していたのでしょう。
そして、この条件が整う頃には、既に今川が徳川を滅ぼしていたわけです。

こうして考えると、上杉は身をもって今川を助けてくれたといえるでしょう。
うむ。ならば戦争です。
まずは駿河から越後までの武田領を、今川のものにしましょう!


…でもよく考えたら史実の上杉は、氏真の考えた塩止めを邪魔したんだったなぁ。
まぁいいや。
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2006年12月02日

戦国TTI計画 暇潰し編 はじめに結論ありきの章

今の私たちは「今川氏真のドコがダメだったのか」という質問に対し
多くの人が「蹴鞠や和歌にうつつを抜かしていたから」と答えるでしょう。

しかしコレが江戸時代半ばですと
「氏真? ああ、奴は豪胆すぎたからダメだったんだよ」と答えるのが標準でした。
今とは逆ですが、コレは要するに「氏真はダメ大名」という答えが先にあって、
その答えを当時要求されていないものに当てはめるというコトをやっているわけです。

氏真公は武勇に優れ(剣聖塚原に剣術を習う)
内政面でも優れ(東海地方で最初に楽市楽座を実施)
和歌がうまく(集外三十六歌仙に選ばれる)
蹴鞠が上手い(言うまでもない)
つまりパーフェクトと言うべき人物でもあるわけです。

氏真=愚将というのは、徳川政権下においては絶対のことだったわけです。
そうでなければ「なぜ家康は氏真を裏切ったのか」の答えにならないからでしょう。
優れた人物ならソレを裏切ったのは不忠の証。
封建体制を築いたのに、その一番上に立つ人物が逆らっているという
最もやってはならないことです。

だから「氏真がダメだったから、やむを得ず家康様は裏切らざるを得なかったんだよ!」
ということにしなければならないわけで。

そろそろ氏真=ボンクラという考えから脱出すべきでないか?
と今川百万石を読むとより痛切に感じるわけです。
ボンクラじゃないから面白いのに。
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2006年11月29日

戦国TTI計画 駿河帰還編

氏真公が主人公の小説と言うと、『天下を汝に』が有名であるが
もう一冊『今川百万石』というのがあることが判明した。
あと、戸部新十郎の『睡猫』という短編が、氏真公を主役級に据えているので、
これも読んできた。


まず『今川百万石』であるが…これがひどい出来である。
氏真公が「まろ〜おじゃる」口調の時点で呆れるが
さらに剣術を塚原卜伝ではなく真柄なにがし(ちゃんと名前があったのだが、
読後1時間したら忘れてしまった)
に習い、しかもそれすら適当にサボっている
(というか、武芸については「大将が個人的武勇に優れていても
何にもならないでおじゃる」と言って全部サボっているのだが)
わけで、この時点で頭を抱える出来である。
さらにひどいことに、正室夢殿(早川殿のことだろう)には軟弱と呆れられ、
小田原で見捨てられるという豪快な史実無視っぷりである。
挙句、最後の方では高家の待遇を断る(というか断らざるを得ないだろう)という、
オマエ掛川陥落のところで資料集めに飽きただろと言いたくなる出来栄えなのである。

だいたい、最初の50ページを、氏真がいかにアホンダラでロクデナシで
女狂いかということを描写するのに費やしているのである。
好感の持てない主人公にしてどうするんだ。
この本の帯には「ダメな奴ほど面白い」と書かれているのだが
今川氏真研究家の監督さんなら、「ダメなのはオマエだ」と言うに違いない。
そういう作品であった。


次に『睡猫』であるが、この短編は『秘剣龍牙』という短編集に収録されている。
主人公は山本勘助の命を受け氏真の護衛についた武田の密偵、由比甚九郎。
ただ彼はいわゆる狂言回しみたいなもので、彼の目を通じて氏真を描写しているわけだから
実質主人公は氏真である。
甚九郎は駿河に赴く際、勘助から香取神道流の奥義「睡猫」を教わる。
そして、氏真が蹴鞠の心を甚九郎に説明する時、「睡猫児」と言うのである。
この意味は何か。甚九郎が悩んでいる中、駿河を巡る状況はだんだんきな臭くなり…
というのがあらすじである。
短い作品であるので、ぜひ自分の手で読んでいただきたい。

解説では蹴鞠と剣術の関係を捉えた作品と言っているが、
氏真公が塚原卜伝に剣術を習っていたことを知っていると別段驚くことではない。
卜伝こそ香取神道流を極めし男である。その弟子である氏真が、作中で卜伝と勘助以外
マトモに使いこなせない(到達できない)とされている睡猫の域に達していても
おかしくはないのだ。
剣豪将軍とか、一の太刀を伝授された北畠具教を差し置いて
マスターしているというのは疑問も残るが、
それが蹴鞠天下一の補正ということではないだろうか。

今川百万石と睡猫で、氏真は猫に例えられていた。
今川百万石の氏真は「ゴロゴロ寝ていて何の役にも立たん猫」であり
睡猫の氏真は「その考え、高い域に達するがゆえに人には理解できない」猫である。
実際、氏真は心中はどうであれ、傍目には飄々と生きていたわけだから、
猫に例えるのは別段おかしくない。
ようは猫に対し肯定的か否定的かの違いなんだろう。

さて…氏真公を猫としてとらえた上で『天下を汝に』を読み直したら
面白そうな気がしてきたけど…。
今日は疲れた(主に今川百万石を読むのに苦労して)ので、またの機会に。


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2006年11月28日

戦国TTI計画 未だ島津屈服ならず編

今日は『剣の乙女』という本を読んでました。
要するに女戦士の話でして、
日本ですと鶴姫(大三島神社)甲斐姫(成田氏長の娘で
石田三成の忍城攻めをぶちのめした女傑)などが出ていました。

しかしですね、私が他の本で読んだところによると
女性兵ってのは結構戦国時代にいたらしいんです。
確か本多正純か重次のどっちかの回顧録に
「女兵士はマジで恐ろしい。あの連中は血を見慣れているからか
血のニオイで怖気づくということがない!」
という話が書いてあります。
立花ギン千代やひょえーこと二階堂盛義の奥さんをはじめとして、
女城主も結構いましたし、戦国時代と言うのは
割と女性解放の時代だったわけですよ、コレが。

ところが儒教が重視される江戸時代に入ると
女性は片隅に追いやられていくわけですね。
まぁ、どっかの国の儒教原理主義にならなかっただけ
マシなのでしょうが…。


ところで、最初氏真公は早川殿に大して興味を持ってなかったが
今川が滅亡するかと言うときでも変わらぬ愛情を注ぐ彼女に、
惚れ直したというのは本当の話なんでしょうか。

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2006年11月26日

戦国TTI計画 まだ島津を降伏させてない編

読んで字のごとく、島津は九州統一寸前まで行ったところを
薩摩と大隈以外全部奪われたことで、今川に対し
腹立たしく思っている様子。

ここでプレイヤーである氏真公が出向いても、
太閤立志伝5では効果が薄いので
部下に親善→支配の手順を踏ませなければならない。

まぁ気長に行きましょう。
中国、九州の各都市に投資する必要もありますし。
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2006年11月23日

戦国TTI計画 暇潰し編 ネタにされてる人たちの話をしようの章

太閤立志伝には、主人公に選べる人間だけで860人も登場します(PS2版のみ)。

それだけいると、やはり何と言いますかネタとして愛されるキャラも出てくるわけです。

今回はその中から、割とメジャーにネタにされる方々を紹介いたしましょう。


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2006年11月22日

戦国TTI計画 島津攻略編 最終章

今川の武将、朝比奈泰朝は異常に寿命が短く設定されています。
氏真公と同じ年に生まれたにも関わらず、
太閤5では、史実で消息不明になった1569年が寿命となっており
それ以降に病気になった場合、死んでしまう可能性が大です。
(太閤5では、登場キャラは設定されている寿命までは死なないのですが
寿命以降に病気になると、翌月ランダム判定で死にます。
死因が戦死の武将はまた別の計算式があるようです)
彼も医療レベルこそ4ですが、死なれては困りますので、氏真公が治療します。

他の家臣が次々と武田や徳川に寝返る中(なんと同じ朝比奈氏である
朝比奈信置までが寝返っているのです)
最後まで氏真公を支えた忠臣。
その泰朝と天下統一を果たさずして、何の戦国TTIでしょう。

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2006年11月21日

戦国TTI計画 早すぎた名君編

今日は、清水義範の『尾張春風伝』を読んできました。
尾張徳川家七代目、徳川宗春が主人公の小説です。

彼は八代将軍徳川吉宗の時代の尾張藩主です。
二人とも、末っ子だったのにもかかわらず、上位継承者が次々と倒れ
日本のNO1とNO2になったという点では似た境遇と言えます。

ですが、将軍と藩主になってからの二人は正反対でした。
享保の改革が「つーかお前らたるみ過ぎ! 家康様の時代に戻れや」なのに対し
宗春が取った政策は「行き過ぎた倹約は、庶民を苦しめるだけではないか?
上は大いに金を使い、下に金を行き渡らせるべきではないか」
という感じの政策だったのです。

ですから、享保の改革で全国が倹約している時に、
名古屋は遊郭は出来る、芝居小屋は出来る、屋台は出る、祭りは派手にやる
とんでもない歓楽街になったわけです。
一説には、彼が名古屋を中京と呼ばれる大都市にする礎を築いたとも言われています。

また彼は殖産興業にも力を注いでいました。
ただ遊ばせるだけではなかったのです。

ですが、急激な歓楽街化は風紀の乱れを招き、宗春の予想を超えてしまいました。
こういうことから宗春は吉宗にイチャモンをつけられ、
藩主の座を退くことになるのです。


宗春は200年早すぎた名君と言えるでしょう。
彼の思想は間違っていませんが、農本主義の国家で資本主義の発展段階みたいなことを
やるというのは段階をいくつか飛ばしすぎました。
この点で、『100年前に帰れ』という政策の吉宗には
負ける戦いであったと言えるでしょう。


さて。氏真公もまた「早すぎた名君」と呼ばれています。
実際、彼は東海地方で最初に楽市楽座を実施するなど
名君の片鱗を見せているわけですが、
戦国時代を生き抜くには力不足だったことは歴史の証明しているところ。
「平和な元禄時代にでも生まれていれば、中興の祖として称えられただろうに」
と言われているくらいです。

あと、「現在に生まれていれば、Jリーガーとして富と名誉を
欲しいままにできただろう」とも言われていますが。


他にも、氏真公と宗春は似たところがあります。
相手が偉大な人物のため、どうしても過小評価されるのが一つ。
氏真公は信長、信玄、家康と、戦国時代の英雄が相手でした。
宗春は暴れん坊将軍吉宗が相手でした。

もう一つ、似た点があります。
地元じゃ「なかったこと」にされている点です。
氏真公は武田や家康の手によって、今川の名残を抹殺されましたし
宗春も罪人扱いされ、マトモに葬られなかったという扱いを受けています。

再評価が求められるところです。
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posted by クリス at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国TTI計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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